アラサーの子宮頸がん闘病記録

筋トレ・ダイエット・ハロプロのことも綴ります。

癌宣告

10月11日、わたしは医者から癌の宣告をうけました。

 

8月の子宮頸癌がん検査から約3か月。

 

3月:健康診断の婦人科検診でD判定

8月:不正出血があり婦人科受診。再検査。

9月:大きな病院(A病院)で追加検査。

10月:更に追加検査。そして癌宣告。

 

 

9月の追加検査の結果が悪かったのか突然病院から電話があり、さらに追加検査を受けることになりました。「朝一で受診してほしいので外来受付時間の15分前くらいに来てください」とのこと。その時間なら病院の門が空いていると。

今度はコルポ!病院から突然の電話。 - アラサーの子宮頸がん闘病記録

 

10/10(火)朝、まだ受付がはじまっていないA病院に入り、受付辺りにいた病院の方に事情を説明して、血液検査とMRIを受けました。検査は午前中に終わりましたが仕事は全休にしました。

 

その日の夜はずっと不安でしたね。

「きっと今日の追加検査は転移を調べるためだろうな。わたしは明日きっと癌宣告をされる。早期発見じゃなかったらどうしよう。」そんなことを考えて夜を過ごしました。

子宮頸がんのステージやその治療内容についてもたくさん調べました。

 

 

10/11(水)、検査結果は主人と一緒に聞きに行きました。

  • コルポの結果は悪性。
  • 病名は”子宮頸部腺癌”
  • MRI検査と血液検査の結果、転移はみられない。

 

覚悟はできていたので冷静に先生のお話が聞けました。

主人のおかげでもあります。

わたしはいろいろ考えすぎてしまう性格なんですね(HSPってやつです)。反対に主人は楽観的でおおらかな性格なので、わたしが不安を口にするたび「大丈夫」「きっと早期だよ」「治るよ」と何度も前向きな言葉をくれました。不安や心配でいっぱいだったわたしは主人の言葉に救われました。主人のおかげで悲観的にならず冷静に、自身が癌であるということを受け入れることができたんです。

 

 

宣告後、ガイドラインに沿った治療方法を聞き、入院先の病院に紹介状を書いてもらい、その日は終了です。A病院に来るのはこの日が最後。

「少しでも長生きしてくださいね。」と先生が別れ際に言ってくださったのは忘れられません。

 

入院先の選定や今後の治療方法については次回以降に書きます^^

 

2024年になりました。これからもマイペースにブログを書いていきます。このブログがいつか誰かの役に立てば嬉しいです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。